Mamiko Kikuchi

女の子とおんなのこのものがたり

男と女の恋愛は互いにないものを求めて惹かれ合うのだけど、女と女の愛は互いの魂を一体化させて激しく心をくっつけようとする感じがする。
といっても私は残念ながら女の人と恋愛した経験がない。
だけども柔らかい濡れた唇にドキッとしたり、ふっくらとした肌をつかんでみたり、白いうなじにキスしたい衝動に刈られるのは女の子にだったりする。
今回紹介する5つの作品の主人公たちは皆元々恋愛対象は男性だったはずなのに、運命の相手がたまたま女性だったというだけ。
蜂のように甘い香りに吸い寄せられて、まつ毛が触れ合うほど顔を近づけたらまるで一卵性の双子のような気持ちになって、たとえカラダが一つになれなくても心が一つになれるようならこの上なく幸せなのだ。

カケラ

公開年:2009年
製作国:日本
安藤モモ子監督

満島ひかり×中村映里子

ある日大学生のハルちゃんに突然一目惚れしたリコちゃん。
柔らかいものに触るのが好き。触られるのが好き。良い匂いの女の子が好き。自分にとって気持ちいい人がいい。
そうやってまっすぐな目で言うリコちゃんの
愛はまっすぐ過ぎてこっちがドギマギしてしまう。
好きな人が女子だとの周りに知られたくなくて、世間体を気にして元彼との間でフラフラなハルちゃんはリコちゃんを同じように愛してあげられない。
運命の恋も同じ歩幅で歩ける事なんてなかなか出来ないよね。
お母さんが幼い子どもの手を引くようにどちらかがゆっくり待っててあげないといけないのだってこと、この2人の危うい関係を見て思い知らせた。

アデル、ブルーは熱い色

公開年:2013年
製作国:フランス
アブデラティフ ケシシュ監督

レア セドゥ×アデル・エグザルコプロス

運命の相手はどんなに遠くでもまっすぐに目に入ってくる。
目の覚めるようなブルーの髪の毛のハンサムな女をいつのまにか目で追いかけてどんどん惹かれていってしまうミステリアスなエマの存在感がとても強烈で、私もスクリーンの中の思わずエマに恋をしてしまった。
2人の愛し合い方がとても崇高で、心がまるで一体化してしまったかのような激しさに、2人が別々の人間で生まれてしまった事すら悔しくなってしまった。

ちなみにこの作品、主演のレア・セドゥとアデル・エグザルコプロスが2度とこの監督の作品には出演したくらない!と言ったほどハードなラブシーンが印象的で、随所に監督の狂気に満ちている衝撃作。

お嬢さん

公開年:2016年
製作国:韓国
パク チャヌク監督

キム テリ×キム ミニ

露骨な性描写がたくさんあるわけではないけれど、随所に感じてしまうめくるめく変態の世界。
エロスによる支配と
エロスによって生まれる裏切りと
エロスにより生まれる純愛
韓国のタランティーノと呼ばれるパク チャヌク監督の変態フェチシズムが炸裂しているこの作品の中で唯一崇高だった召使いスッキとお嬢様の清らかなラブシーン。
別に私は女性同士のラブシーンが趣味ではないけど、何も知らない純粋なお嬢様をスッキが手ほどきして、目を潤ませて見つめ合う2人を見ていたら、どうか唯一この2人の愛だけはどうか最後まで本物であって欲しいと心の中で祈っていた。
欧米の映画には絶対出せない、韓国映画特有の湿り気とねっとり感がこの作品の怪しさを際立だたせるから、余計にエロく感じるのかも?

マルホランドドライブ

公開年:2001年
製作国:アメリカ
デヴィッド リンチ監督

ナオミ ワッツ×ローラ ハリング

鬱屈とした世界なのに、何故か逃げ出したいとは思わない。
むしろ不思議な箱の中に閉じ込められてもっとその奥の箱も開けてみたくなるとんでもない没入感。
これはなんという厄介な映画なのだろう。
愛とエロスに溺れ、狂気に貶められて内面世界の箱の中に閉じ込められた主人公。
現実の幸せなんてどうせいつでも危ういものだから、いっそのこといつまでも自分と愛する人と箱の中へ閉じ込めておけばいい。
摩訶不思議な世界に閉じ込められて愛し合う
妖艶なローラ ハリングと若くて可憐なナオミ ワッツの映画史に残る美しすぎるラブシーンは必見。
崩壊寸前の2人の危うい美しさに観ているだけで目眩がしそうになった。

贅沢な骨

公開年:2001年
製作国:日本
行定勲監督

麻生久美子×つぐみ

親友みたいに姉妹みたいに恋人みたいに暮らしていた2人の女の子。
誰にも介入できないはずの生活に突然、男が絡んではじまる奇妙な三角関係のものがたり。
ずっと微睡んだ夕暮れ、目的もなくてた目の前にある人間関係だけが生活の全ての静謐な時間たち。
人と人の間はいつも不安定で、変化して行くのに、パズルみたいにぴったり合ったと思い込んでしまうけど、ほんとのほんとはパズルのピースなんて存在しない。
人間はたった一人で生まれて一人で旅立つ。
言いたいことは心の中に隠したままの美徳が日本人にはあって、大事な言葉を骨になるまで永遠に閉じ込められたその骨は、きっと誰かにとっての「贅沢な骨」になるのかもしれない。